岸田自民の公約「敵基地攻撃力」の愚...

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岸田自民の公約「敵基地攻撃力」の愚かさ

【軍事の展望台】地下や遠くに逃げる方がよほど現実的

官邸ホームページから

衆議院選の岸田首相の公約の1つに「相手国領域内で弾道ミサイルを阻止する能力の保有など抑止力の向上」が入っていたことは、軍事問題に対する現実的な思考の欠如を示すものとして慨嘆を禁じ得ない。 他国がいままさに日本に対し弾道ミサイルを発射しようとしている際、それを破壊することは自衛権の範囲であろうし、弾道ミサイルが一斉発射された場合に、それらをすべて上空で破壊することは困難だ。まして近年は弾道ミサイルが放物線を描いて飛来するとは限らず、コースを変えて落下する物も開発されているから、迎撃だけで弾道ミサイルに対抗する「ミサイル防衛」は一層困難になりつつある。 このため、「敵基地攻撃」を唱える保守派政治家が多くなり、岸田氏は自民党総裁選挙でそうした論者の支持を得るためもあってかそれに同調し、首相になってもそれを公約することとなった。 だが「敵基地攻撃能力」を持っても、その目標となる弾道ミサイルや、ジェットエンジンで水平飛行する巡航ミサイルは、飛行場のような「基地」から発射されるものではない。自走発射機や、トレーラー、列車に載ってトンネルに隠れ、いざとなるとトンネルから出て、発射機を立て発射する。 かつては弾道ミサイルを直立させたのち、液体燃料を注入して発射したから、発射準備には少なくとも1時間はかかると思われた。だが今では液体燃料をプラスチックの袋に入れて金属の腐食を防ぎ、それを燃料タンクに入れるなど「貯蔵可能液体燃料」のミサイルや、即時発射ができる個体燃料を使うものが一般的となっている。 「敵基地攻撃」を語る人々は偵察衛星で弾道ミサイルの位置が分るように思っていることが多いが、偵察衛星は時速約2万7千キロで南北方向に周回、約90分で地球を1周する。地球は東西方向に回っているから偵察衛星は1日1回程度各地の上空を通過する。 毎日同じ時刻に目標地点上空を通過するようにすることが多いから、1日1回北朝鮮を1分間程度撮影できるだけだ。米国は写真偵察衛星5機、レーダー偵察衛星7機と小型の偵察衛星5機を持つ様子で、日本の情報収集衛星は写真衛星2機、レーダー衛星3機だ。偵察衛星は固定目標(飛行場 港など)の撮影には役立つが、常時目標地域の上空から監視をすることはできないのだ。 「静止衛星という物がある。それで監視をできないか」と聞かれることもよくあるが、静止衛星は赤道上空の高度約3万6千キロ(地球の直径の約3倍)で周回し、地球の回転速度と衛星の速度が一致し、地表から眺めると静止しているように見える。電波の中継などには有効だが、もちろんこの距離ではミサイルは見えず、発射の際に出る大量の赤外線が分る程度だ。 ジェットエンジン付きの大型グライダーのような無人偵察機を他国上空で常に旋回させておけば、ミサイルの発射機がトンネルから出て来る状況を捉えることは可能だが、領空侵犯だから対空ミサイルなどで撃墜される。領空の外で旋回し、斜め下を撮影しても、ミサイルは山腹のトンネルで待機し、谷底に出て来て発射することが多いだろうから発見は困難だ。 トンネルの出口の位置が分っていれば、そこを攻撃し、ミサイルが出て来るのは阻止することはできそうに思えるが、相手がダミーのトンネル入口を造るのは簡単だし、トンネルが中でどちらに曲がっているかは分らず、上空からの攻撃で山麓の地下壕を破壊するのは容易ではない。 仮に北朝鮮のミサイル発射機がトンネルから出て、ミサイルを立てている光景を捉えられたとしても、それが日本に向けて発射する準備をしているか否か、は分らない。訓練とか器材の点検、整備のためにミサイル発射機を立てることもあるし、実験のために海に向け発射することもあるから、こちらが先制攻撃をするのはためらわざるを得ない。 相手が日本に対しのんびりと1発ずつ発射し、他のミサイルの位置が分っているならそれに対して報復攻撃をすることもできよう。だが戦争になれば相手はできるだけ多数のミサイルをほぼ同時に発射する可能性が高いから反撃の効果は乏しい。 1991年の湾岸戦争でイラク軍はソ連製の「スカッドB」の弾頭を小型にし、その分燃料を多くした「アル・フセイン」ミサイル88発を発射した。それに対し米軍は1日平均64機を「スカッド・ハント」に出動させ、イラク南部と西部のミサイル発射地帯を常時偵察したが、移動式発射機や偽装した簡易発射台から発射されるため、発射前にミサイルの位置をつかむことは砂漠地帯でも困難だった。 そのため、特殊部隊をヘリコプターで運び、いくつかの高地に潜伏して監視させる手法も取られた。その部隊への補給のためヘリコプターが夜間飛行中、ミサイル発射の火柱を見てそちらに向かったところ、その付近でもう1基のミサイルが発射準備中であることを発見、ドアからの機関銃射撃で破壊した。これが発射前に弾道ミサイルを処理できた唯一の例で全くの偶然だった。 それ以外にも「航空攻撃で破壊に成功した」との報告がいくつもあったが、停戦後調べると、ミサイル発射後に残っていた簡易発射台やトラックなどを破壊していたことが分った。イラク軍のミサイル発射は停らず、停戦の3日前、2月25日にサウジ東海岸のダーランで米軍兵舎の食堂に1基が命中、米兵28人が死亡したのが最後だった。 それから30年間、航空機や偵察衛星の精密レーダーや赤外線探知装置の能力は高まり、夜間や雲があっても地上の目標を発見できるようになったが、識別に必要な解像力は光学的なカメラにはおよばない。他方、弾道ミサイルも進歩して発射準備の時間は「スカッド」よりはるかに短縮し、自走発射機による機動性も高まったから発見・攻撃は難しくなった。 日本が「敵基地攻撃能力」を持つとすれば、戦闘・攻撃機から発射する空対地ミサイルや潜水艦、護衛艦から発射する巡航ミサイルによると考えられるが、仮に相手が弾道ミサイルの発射準備をしている状況が分ったとしても、それが日本に向けられていることが確認され、政府が攻撃を決意し、航空部隊が発進するまで少なくとも1時間程度は要するだろう。 さらに青森県三沢基地などから出撃する戦闘・攻撃機が北朝鮮北部の山岳地帯へ約900キロを飛ぶのに巡航速力で約50分かかる。弾道ミサイルは北朝鮮から日本へ7、8分で到達する。 北朝鮮東岸沖の艦艇から北部山岳地帯までは約200キロだから、時速880キロの巡航ミサイル「トマホーク」なら15分以内に届くが、相手が日本を攻撃するため発射準備をしていることが確認され、艦に対し「巡航ミサイル発射」の命令が出るまでに相当の時間がかかるから「相手国領域内で弾道ミサイルを阻止する」ことはまず不可能だ。また、北朝鮮を攻撃する前には米韓連合司令部の了解が必要と思われるが、韓国はすでに十分な攻撃手段を持っているから、日本の参加は邪魔として反対する可能性もある。 敵基地に対する攻撃で相手国の弾道ミサイルを阻止できなくても、相手国の首都などに対し報復攻撃ができる能力を持ち、攻撃を抑止する戦略はありうる。米国とソ連は相手の核攻撃を受けても残存する弾道ミサイル原潜などの「第2撃攻撃能力」により報復する「相互確証破壊」戦略により、双方が抑止をしあって直接の軍事衝突を避けてきた。 だが、北朝鮮は約30基以上と推定される核弾頭付きの弾道ミサイルを保有しているのに対し、日本が通常弾頭のミサイルを持っても、まるで大砲に対して拳銃で応戦しようとするのに似て、抑止効果はありそうにない。 米国は日本の核武装に対して非常な警戒心を抱いているから、日本が核不拡散条約から脱退しようとすれば、米国と正面衝突するのは不可避だ。 自民党は政権公約で「防衛費をGDPの2%以上にすることも念頭に置く」と表明している。今年度の防衛予算は5兆1235億円だが、今年のGDPは559兆5000億円と予測され、その2%は11兆1800億円になる。 内閣府が行っている防衛問題に関する世論調査では「身近な人が自衛隊員になりたいと言ったら賛成するか、反対するか」の問いに対し、「反対する」「どちらかと言えば反対する」との答えは2018年には計29・4%に達した。その前の2015年調査ではこれが23・0%だったから、入隊志願者は減少傾向にあり、特に海上自衛隊は深刻な人手不足に直面している。 このため防衛予算を2倍にしても自衛隊の規模の拡大は困難で、予算の増加分5兆円以上の大半は「敵基地攻撃」用の装備やそのための情報収集機材の輸入に向けられることになるかと思われる。 だが、偵察衛星や無人偵察機を増やしても、常時北朝鮮や中国の全域を監視して移動式弾道ミサイル等の位置を突き止め、それが発射される前にすべてのミサイルを破壊することは極めて困難で、無駄な出費に終わる可能性が高いだろう。 それよりは相手のミサイル発射で出る赤外線を静止衛星で感知し、それが落下してくるまでの数分間で地下壕やビルの地下室、地下鉄の駅などにできるだけ多くの人を避難させたり、情勢が険悪化してミサイル攻撃を受ける危険が生じた場合には、攻撃目標となりそうな米軍、自衛隊の基地周辺や政治、作戦の中枢地域から民間人を移動させて生存率を高める方が実行可能な方策ではないか、と考える。 広島、長崎級の原爆(火薬2万トンに相当)では、人体に対する熱線の致命的効果は半径3キロ程度、爆風で建物が倒壊するのは約2キロ、中性子、ガンマ線による重症者が出るのは約1・8キロとされ、爆心地から数キロの圏外に避難していれば助かる公算は高い。火薬10万トンに相当する威力の「強化原爆」なら熱線の効果半径は広島、長崎級原爆の約2・2倍になる。 原爆の熱と爆風は地下に居れば避けられ、中性子は湿気のある土壌で吸収されるから、核爆発後に地表に出る際は放射性を帯びたほこりを吸わないようマスクをして被害地域から脱出すれば生存率はかなり高まるだろう。 郊外に疎開したり、地下に逃げこむのは、まったく冴えない戦術ではあるが、敵ミサイルの精密な位置を確実に知る方法がないことも知らず「敵基地攻撃」を考えることに比べれば、はるかに現実的だろう。■田岡 俊次(軍事評論家、元朝日新聞編集委員)1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、筑波大学客員教授などを歴任。82年新聞協会賞受賞。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』(朝日新聞)など著書多数■

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